消えた市立横須賀高校
私が市横高出身ということは、
自己紹介文にも書いてあるので、御存知の方も多いと思います。
市横高は2年前、久里浜の
横須賀総合高校となり、移転しました。
私的には、学校名・制服・場所も変わってしまったので、
実質的には、廃校になったと思っています。
私は高校時代に担任の教師からバカ扱いされ、
あの時に感じた
「憤り」が、高校3年生の自分に、
「歯科医師となり、教師を見返してやる!」
という気持ちを沸き起こす、一つのきっかけとなりました。
進路のアンケートで、私は歯科医師希望と書いたところ
担任の教師は、「歯科大学には受かるはずがない!」
とクラス中にいい回ってました。
今では、人間的に全く魅力のない教師(少数ですが)に教えられたことを感謝しています。
教師はともかく、素晴らしい友人達にも恵まれました。
特に、現在作曲家として活躍中の
藤田意作氏と出会えたことが、
その後の人生にも、大きな影響を与えたと思っています。
彼一緒にバンドを組み、短い期間でありましたが、
音楽を演奏する楽しさを、情熱を込めて教えていただきました。
「もし、現役で歯科大学に合格出来なかったら、医学部を目指そう!」
歯学部がダメなら医学部、そんな高い目標を掲げ、大学受験に挑みましたが、
あっさり現役合格しました。
しかし、大学入試の前日は、高校の期末試験でした。
当然、私は大学入試の勉強を優先したので、期末試験の結果は悪く
「呼び出し」を食らいました!
私は思うのですが、自分の未来を左右する大学入試と、高校の期末試験では、比重が違いますよね!
あきれたことに教師は私に向かっていいました。
「生徒全員この試験を受けてるんだから、お前も勉強できたはずだ!」
そんなわけね〜だろ!、ここで、入試に落ちたら1年を無駄にするし、その分の収入を保証するのか?
人間的に全く魅力のない教師(少数ですが)に教えられたことを感謝しています。
私にとって歯科医は自分の天職です!
このように、地味ではあったけど、それなりに充実した高校生活を振り返り
やはり、市横高がなくなってしまったことは寂しいです。
さいとう矯正歯科クリニックは久里浜にあるので、
横須賀総合高校の患者さんも多く、まだ市横高の制服は残ってるんだという
懐かしさも、感じさせてもらえました。
しかし、今年の卒業生で市横高の制服もお終いです。
あの逆三角形の校章も永遠に無くなります。
最近私の患者さんから「私も市横高です。」といわれる機会が多くなりました。
思い出の中の市横高を語り合いましょう!
市横高出身のTさん!コメントお待ちしてますよ!
Posted by nobuosaito1965 at 20:41
│
Comments(7)
│
TrackBack(0)
この記事へのトラックバックURL
http://app.blog.livedoor.jp/nobuosaito1965/tb.cgi/15437318
こんにちは。西浦賀の中年です。
なんかいや〜な教師ですね。
そのおかげで、(いや、自分のチカラで)今のさいとう先生があるんですよね。
またおじゃまさせていただきます。
西浦賀のDHさん!
そんな、私より若いのに中年なんて、冗談はやめてください。
我々は、まだまだ青春時代(死語)でしょう!
私は、マイナスなことを言われても、それをプラスの行動に変えていく大切さを表現したのであって、
決して教師の悪口を書いたのではありません。
えっ、書いてるとしか思えませんか?
斎藤先生の言われるように、“シヨコ”の愛称で呼ばれ
た母校、市立横須賀高校が廃校になったのは、大切な思い
出が消しゴムで消されたようで寂しいですね。約20年前、僕も青いワイシャツを着て通学していました。
当時、初夏の水泳の時間、お調子者の僕は水中に入るや
いなや「さっみぃー、おひょひょー!ヘルプ・ミー!うっ
ひゃー、つめてぇー!」などと閑静な森崎団地・住宅街に
響かんばかりの奇声を上げてふざけていました。その結果、
体育教師に激怒され、プールの冷水がゴボゴボ出ている所、そう、あの一番冷ややかな所で正座させられました。今と
なっては懐かしい思い出です。あれ以来、冬が苦手になり
ました。自業自得ですかね?ハハ。
そして今、高校のOBである斎藤先生に出会いました。
いえ、自分の矯正治療の主治医として選びました。なぜな
ら、市横の生徒に知育・徳育的に歪んだ者はいない、とい
う実感があったからです。実際にお会いしても、温厚で、
けれみのない先生でした。市横時代の欠格教師を反面教師に、自身はぷっすま歯科医師、し失礼、こ、これでは朝日
TVの某番組になってしまうーっ!、カリスマ歯科医を目
指して切磋琢磨されています。さあ、カリスマ歯科医と、
斎藤矯正歯科クリニックの末席を汚す患者Tと市横話しに
花を咲かせましょう!
ところで、市横生なら一度はお世話になる、校門はす向
かいの金子八百屋のカリスマ店主は元気なのでしょうか?
オジさん、このブログにコメントくださーい!
Patient Tさん!コメントありがとうございます!
Tさんの方こそ、悪徳体育教師に体罰以下の最低の行為に耐え、
今のTさんの笑顔があるんですね!
その教師はI先生ですか?間違いない!
金子八百屋のカリスマ店主には、私もお世話になりました。
あの元気な声と笑顔を思い出しました!
今でも元気なんだろうなあ。
はじめまして、やまじろうと申します。
僕は今年歯学部を受験して、落ちちゃいました。自分で言うのもなんですが、僕はまずまず勉強のできるほうらしく、先生からは医学部進学を勧められていました。人の役に立てる仕事につきたいと思っていたので、そうしようかなと思っていたのですが、常に自分の本当にしたいことじゃないと感じ、苦しんでいました。その迷いからか、センター試験(全学部共通の一次試験)では考えられないぐらいの大失敗をしてしまいました。学部を歯学部に落としたのですが、当然やる気も出ず、結局失敗してしまいました。
僕が本当にしたいことは、三つあります。
一つは人の役に立ちたいということ。もう一つは小説を書き残したいということ。最後に温かい家庭を作りたいということです。僕は剣道が心から大好きで、見苦しい自慢をすると・・・県大会で八位に入賞したことがあります。そのころは全国優勝を目指していたのですが、だんだんそれが自己満足でしかないような気がしてきたんです。僕が日本一強くなっても、誰の役にも立たない。むしろそのことで両親に負担と心配をかけてしまっていました。だから、人の役に立てる仕事につきたい、家族のためになることをしたいと思うようになったんです。ただ、剣道から学んだことは多くあります。ですので、そのことを小説として残し、誰かに読んでもらいたいという気持ちが非常に強くあるんです。
斎藤先生のお言葉を拝見し、ああ、これこそ、僕の目指していた世界だと思いました。先生やスタッフの方々が非常に生き生きと仕事をなさっていて、人の役にたって、しかも、先生はバンド活動を続けてみえる。ぼくは、一日二時間小説を書けたらそれで贅沢なことだと思っています。他の時間は人のためになることができ、その上家族を養うこともできる(できますよねぇ?)。本当に素晴らしいと思いました。
ただ、僕は世間知らずのぼんぼんですので、先生からすれば甘いことをいっているかもしれません。ですので、そういったことがあれば厳しく指摘して頂けるとありがたいなあと思っています。最後に、この記事に関するコメントになっていないこと、ぶしつけな書き込みになってしまったことをお詫びします。でも、本当に感動しました。自分の進むべき道が見えてきたような気がします。
こんにちは、やまじろうさん。30代の患者Tから世代の責任を果たすべく、僭越ながらひと言申し上げます。
理想を追い、夢を描くということは若者の特権です。さらに、“若い”ということは最大の能力でもあります。その能力を発揮されまして、歯科医・医師をめざしてください。
他者の役に立つということは素晴らしいことだと思います!!斎藤先生をはじめ、このブログにリンクされている先生方に通底している『精神的価値の追求』を実践してください。そうすれば、きっと物心充実した道を歩めると思います。
駿台予備校本科で浪人→某大学経済学部中退→某大学文学部入学卒業→某塾小中学生国語科講師→出奔→斎藤矯正歯科クリニックの末席を汚す患者Tより。
さあ、斎藤先生、他の先生方、次代を担う若人にお言葉を!
やまじろう君、Tさんありがとうございます。
熱い思いは、新規記事で語りますので、今しばらくお待ちください。